会長挨拶

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この度、会長に選任いただきました佐藤英明です。その責任をひしひしと感じているところです。どうぞよろしくお願いいたします。

「不易流行」という言葉があります。蕉風俳諧の理念の一つで、「不易」は変わらない本質であり、「流行」は新しみを求めて変化していくことですが、それが実は「不易」の本質であり、両者は根元において結合すべきであるということです。

県人会の「不易」は、会員の互助と親睦、郷土の発展への寄与であり、「流行」はそれを実現するために変化に対応していくことだと思います。会には、総務、財務、企画、組織拡充、会報、ウェブサイトそして祭典特別の各委員会があります。会の運営に当たっては、これらの委員会活動を充実させ、様々な課題、変化に対応していくことが大切だと思います。また、来年は県人会設立七〇周年という記念すべき年を迎えます、諸先輩が築き上げてきた歴史を敬い、皆で祝いたいものです。

私たちは関東に在住するふるさとを離れた、あえて厳しい言葉で言うとふるさとを棄てた?(もちろん自分は違うという方もいるでしょう)人たちの集まりです。だからこそ、少しばかりの後ろめたさ以上にふるさとを想う強い熱い心を持っていると思います。

東京青森県人会が、会員の会員による会員のための県人会になるよう互助の気持ちをもって大いに盛り上げていきましょう。

皆様のご支援、ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます。
会長 佐藤 英明

 

 

2017年11月18日 東京青森県人会 創立70周年記念 2017青森人の祭典 佐藤会長あいさつ

東京青森県人会の歴史をたどりますと1900年(明治33年)、青森郷友会(初代会長、陸羯南)の創立がその始まりとされています。
その後の変遷を経て、1947年(昭和22年)6月に新生「東京青森県人会」として発足し、今年で記念すべき70周年を迎えることができました。発足した年は6.3.3学制が実施され、新憲法が施行された年でもあります。まさに戦後日本の歩みと共に歩んできた70年と言えます。

本会は「会員相互の親睦」と「郷土の発展に寄与」することを理念とし、様々な活動を行ってまいりました。
会員相互の親睦として会報「東京と青森」の発行のほか、新春みちのく懇話会、県政を聴く会、首都圏の各ふるさと会、高校同窓会との友好団体交流会、ふるさと訪問旅行などを行っております。また、郷土の若人の育成に資するため、高校生のための講演会の開催、県高校総合体育大会及び総合文化祭での東京青森県人会特別奨励賞の授与を行っております。

さらに2011年(平成23年)の東日本大震災以降は東北復興の旗を掲げ「青森人の祭典・東北復興大祭典なかの」を開催、青森県の農水産物、観光文化の首都圏への発信、そしてこれらの活動を通じて首都圏在住県人のふるさと「青森」の誇りの共有など大きな成果を上げております。こうした活動が創立から70年にわたり脈々と受け継がれていること、改めて先達のご努力と実績に敬意を表する次第です。さらには県人会活動に多大なご支援・ご協力を賜っているふるさと青森の県、各自治体、関係機関の皆様には心から感謝、御礼申し上げます。

私は昨年2月に会長に選任していただいた際の挨拶に「不易流行」という言葉を用いました。
これは蕉風俳諧の理念の1つで「不易」は変わらない本質であり「流行」は新しみを求めて変化していくことですが、それが実は「不易」の本質であり両者は根元において結合すべきであるということです。
県人会の「不易」は会員の互助と親睦、郷土の発展への寄与であり「流行」はそれを実現するために変化に対応していくことだと思います。こうした考え方は企業経営に携わっている方々にも共通するものと思います。

創立70周年は新たなスタートの年でもあります。
私たちは時代の変化に対応しつつ、さらなる発展を目指して努力していく所存です。

ふるさと青森の皆様も引き続き変わらぬご支援ご鞭撻を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。

2017年年始挨拶 明けましておめでとうございます

新年おめでとうございます。
 昨年は、「青森人の祭典・東北復興大祭典なかの」をはじめ、様々な行事を無事成功裏に終えることができました。また、会の運営においても、ホームページの充実、会報のA4版への移行など情報発信の面でも新たな歩みを踏み出すことができました。
 これらは、ひとえに役員はじめ会員皆々様のご尽力、ご支援によるものと、心から感謝、御礼申し上げます。ありがとうございました。
 私は、東京青森県人会に入会するまで、ふるさと青森県にたいしてそう思いをいたすことはありませんでした。入会して、いろいろな方々と集い、交わるうちに様々なことを学びました。皆様それぞれに自分の故郷、学び舎を持っておられます。私もそうですが皆様も、意識しない自分の人格形成にふるさとのDNA・遺伝子が作用しているところもあるのではないかと思われます。もちろんこれは生命的なDNA・遺伝子ではなく、ふるさとに育まれた精神的環境的な意味のDNA・遺伝子ですが・・。青森県には、県人会の歌にもあるように津軽、南部、下北という歴史、文化の豊かな風土があります。入会して会員の皆様との交わりの中で、青森県の文化の豊かさを学ぶことができたことは、大きな喜びでもあります。
 今年は東京青森県人会創立七十周年の年です。いわば古希を迎えるわけです。昔は、人間にとって古来稀なるものでしたが、今や稀なるものではなく一つの通過点となっています。この機会に諸先輩が築き上げてきた歴史を敬い、皆で祝うことは大変意義のあることです。
 DNAは記録媒体であり、そこに記録されたデータのことを遺伝子といい、遺伝子はDNAが複製されることによって次世代へと受け継がれるということです。
 東京青森県人会に個性豊かな多くの会員が集い、交わり、学びあい、会員個々の遺伝子情報を豊かにし、それが県人会全体の遺伝子情報の豊かさにつながり、八十年、九十年、百年と引き継がれていくことを願うものです。
 今年が、皆様にとって充実した良い年でありますように願っております。

陸奥新報の紹介記事から

会長 佐藤 英明

祭典で魅力発進継続

柔道6段。大学時代には試合中に右腕を骨折しながらも、タイヤのチューブを巻き、最後まで戦い切ったという逸話の持ち主。がっちりした体形。一方で「いつもニコニコ」の印象が強く、笑顔が似合う人でもある。

とにかく話が上手で面白い。小、中学校時代は野球少年、柔道を始めたのは高校から。このプロフィルを本人は「小、中学校は球投げて、高校、大学は人投げて、社会人になって仕事投げて…と自己紹介すると受けるんです。そしたら『まだ人生は投げてませんよね』と返されました」と笑わせてくれる。

電電公社(現在のNTT)に就職し、18回転勤を経験した。その関係で県人会を一度抜けたが、2003年から本格的に参加、活動してきた。

改選前は副会長・財務委員長。会報の印刷費削減に取り組み、広告増収を図った。電電公社、NTTなどでは人事、労務、営業、工事現場も含めあらゆる業務を担当した。そこで培ってきた経験が、県人会での取り組みや実績につながったとも言える。

 県人会最大イベントは「青森人の祭典」。東北復興大祭典として開催しており、タイアップしている中野区からは先日、感謝状が贈られた。「震災から5年たつが、いまだ苦労されている人たちがいる。その中で東京から青森の物産、観光を強く発信していくことが大事」と、祭典の意義を強調する。

会員約1000人の県人会は来年70周年。「不易流行という言葉がある。健全な財政基盤を維持し、変化にバランス良く対応していきたい」と語る。